名古屋高等裁判所 昭和51年(ネ)559号 判決 1978年5月09日
控訴人 王子商事株式会社
右代表者代表取締役 鶴田清
右訴訟代理人弁護士 堀部進
右訴訟復代理人弁護士 中野弘文
被控訴人 神谷只雄
右訴訟代理人弁護士 大橋茂美
飯田泰啓
当事者参加人 岡田敷美子
右訴訟代理人弁護士 青木俊二
主文
原判決の主文第一項を左のとおり変更する。
一 控訴人は被控訴人に対し金三四二万八〇〇〇円、およびこれに対する昭和四七年七月一三日から右支払いずみに至るまで、年五分の割合による金銭の支払いをせよ。
二 被控訴人のその余の請求を棄却する。
参加人の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用中、控訴人と被控訴人との間に生じた分は控訴人の負担とし、参加によって生じた分は参加人の負担とする。
事実
一 申立
控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人および参加人の請求をいずれも棄却する。訴訟費用のうち控訴人と被控訴人との間に生じた分は第一・二審とも被控訴人の負担とし、参加によって生じた分は参加人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、「本件控訴および参加人の請求をいずれも棄却する。控訴費用のうち控訴人と被控訴人との間に生じた分は控訴人の負担とし、参加によって生じた分は参加人の負担とする。」との判決を求めた。
参加代理人は、「被控訴人が控訴人に対して請求している、別紙物件目録の土地・建物(以下、「本件物件」という、なお同目録記載の地番・地積は、のちの分筆によって、現在の登記簿の表示と異なるものがある。)の訴外大原学祚に対する売却代金一一八二万八〇〇〇円の内金三四二万八〇〇〇円の引渡し請求権は、参加人に属することを確認する。控訴人は参加人に対し金三四二万八〇〇〇円の支払いをせよ。参加によって生じた費用は控訴人および被控訴人の負担とする。」との判決を求めた。
二 被控訴人の請求の原因
1 参加人は本件物件を所有していた。
2 被控訴人は昭和四一年一一月三〇日、参加人に金七〇〇万円を貸渡した(以下、「本件貸金」という。)。そして同年一二月三日、本件物件について、登記原因を売買予約、権利者を被控訴人とする所有権移転請求権仮登記が経由された。
3 被控訴人は昭和四二年三月一八日、参加人から本件物件を買受け、同月二三日所有権移転登記が経由された。なお売買代金七三五万円は、本件貸金の元利金と相殺した。
4 同年三月三一日、被控訴人と参加人は、参加人が同年四月三〇日までに金七六三万円を支払って本件物件の買戻しをなしうる旨の特約をした。
しかし参加人は、右期間内に約定の金銭の支払いをしなかった。
5 その後同年一一月初旬、被控訴人は控訴人に本件物件の売却を委託した。そして控訴人は同月八日、訴外大原学祚に対し本件物件を売却し、昭和四三年五月三一日までに代金一一八二万八〇〇〇円を全額受領した。
6 よって控訴人に対し、右代金額からすでに控訴人より引渡しを受けた金八四〇万円を控除した金三四二万八〇〇〇円、およびこれに対する訴外大原からの最終受領日の翌日である昭和四三年六月一日以降の遅延損害金(民法所定の年五分の割合による。)の支払いを求める。
三 請求原因に対する控訴人の認否
全部認める(但し、被控訴人が取得ずみの売却代金八四〇万円の内金八〇〇万円は、被控訴人が直接、訴外大原から受領したのである。)。
四 控訴人の抗弁
参加人から被控訴人に対する本件物件の売買は、本件貸金債権の担保のためになされた譲渡担保である。一方、控訴人も参加人に対して金八〇〇万円以上の貸金債権を有し、昭和四一年一二月一三日、本件物件について譲渡担保の設定を受けていた(但し未登記)。
そこで昭和四二年三月三一日、控訴人と被控訴人は相談のうえ、控訴人が被控訴人の代理人として本件物件を換価処分し、その売却代金をもって被控訴人、次いで控訴人の債権の満足を図ることにしたのである。したがって被控訴人は、訴外大原に対する売却代金のうち、本件貸金の元利金八四〇万円を超える金額の引渡しを求める権限を有しない。
五 抗弁に対する被控訴人の認否
全部否認する。
六 参加人の主張
1 参加人は昭和四二年三月二三日、被控訴人に対する本件貸金債務の弁済のため、参加人所有の本件物件を譲渡担保に供した。
2 同年四月三〇日、参加人・被控訴人および控訴人の間で、控訴人において本件物件を第三者に売却し、その代金を参加人の被控訴人に対する債務に充当清算する旨の合意をした。
3 控訴人は同年一一月頃、本件物件を訴外大原に売却して代金一一八二万八〇〇〇円を受領し、内金八四〇万円を被控訴人に引渡した。
4 右金八四〇万円の引渡しによって、参加人の被控訴人に対する債務は完済された。
5 したがって、売買代金の残金三四二万八〇〇〇円は、参加人が取得すべきものである。
6 しかるに被控訴人は参加人の権利を争い、控訴人は参加人に対し金三四二万八〇〇〇円の引渡しをしない。
七 参加人の主張に対する被控訴人の認否と主張。参加人の主張3、6項は認めるが、その余は否認する。
被控訴人が参加人から本件物件を買受けた経緯は、前記二請求原因1ないし4のとおりである。
八 参加人の主張に対する控訴人の認否
参加人の主張1項は認める。2項の三者間で清算の合意が成立したことは認めるが、合意内容は否認する。3項は認める(但し、被控訴人が取得ずみの売却代金八四〇万円の内金八〇〇万円は、被訴訴人が直接、訴外大原から受領したもの)。4項は認める。5・6項は否認する。
九 証拠関係《省略》
理由
一 本件物件がもと参加人所有であったこと、控訴人が被控訴人の委託を受けて本件物件を訴外大原に代金一一八二万八〇〇〇円で売却したこと、および被控訴人が右代金の内金八四〇万円を取得していること、以上の事実は参加人を含め当事者間に争いがない。
二 ところで、被控訴人は、大原に対する売却当時、本件物件は被控訴人の所有であったから、売却代金は全額自己が取得すべきものと主張するのに反し、控訴人と参加人は、本件売買は本件貸金債権の担保のためになされたのであるとして、被控訴人に対し清算を請求しているので、以下この点を考察する(なお、本件の甲・乙号各証の成立は、控訴人と被控訴人との間ではすべて争いがない。また参加人の関係では、弁論の全趣旨によって、これらの書証の成立の真正を認めることができる。)。
1 被控訴人が参加人に対し本件貸金債権を有することは当事者間に争いがないが、この債権については、昭和四一年一一月三〇日(本件貸金の当日)に本件物件の譲渡担保契約書が、同年一二月一日には本件物件の売買予約証書が、それぞれ作成されたが、結局売買予約を登記原因として被控訴人に対する所有権移転請求権仮登記が経由されたことが認められる。
したがって被控訴人は、本件物件について、本件貸金を被担保債権とするいわゆる仮登記担保を有していたものと認めるべきである。
2 そして《証拠省略》を総合すると、本件貸金の弁済期は、当初、昭和四二年一月二五日と定められたが、その後手形書替えの方法で延期され、最終的には同年二月末日(金六〇〇万円)および三月三〇日(金一〇〇万円)が期限となったこと(弁済期がそれ以後に延伸されたことを窺わせる資料はない。)、しかる、参加人および控訴人(被控訴本人(一回目)および控訴会社代表者の原審での各供述によれば、控訴人は本件貸金につき参加人と連帯保証人になっていたもの)が裏書している満期昭和四二年二月二八日の約束手形三通(金額合計六〇〇万円)がいずれも不渡りに終った後の同年三月二三日、本件物件につき被控訴人への所有権移転登記が経由されたこと、以上の経過を認定しうるのである。
してみると、右本登記は、仮登記担保権の実行手続の一環としてなされたものと捉えるのが相当である。
3 ところが、その直後の同年三月三一日(前記の金一〇〇万円の弁済期の翌日である。)、被控訴人と参加人は、買戻約款付不動産売買承諾書(甲第九号証の二。同年四月一日の確定日付がある。)を作成しているのであるが、その内容は、参加人は金七三五万円の債務不履行につき代物弁済として本件物件の売買完結を承諾するが、同年四月三〇日限り金七六三万円の支払いをして買戻しをなしうること、右期限は金二八万円の延期料の支払いによって一ヶ月に限り延伸しうることを合意し、なお期限徒過の場合はいかなる理由があっても本件物件の引渡しをする旨を定めたものである。
そこで考えるに、右は、本件貸金の弁済期徒過によって、仮登記担保について被控訴人に清算義務が生じ、清算未了の状態にあったときになされたのであるから、清算方法についての特約と考えるべきところ、その内容は、本件物件の被控訴人への帰属を認めつつも、なお参加人に暫時の猶予を与え、参加人は金七六三万円でこれを買戻しうるというのであるから、右金七六三万円は、本件物件の適正な評価額として当事者双方が異議なく合意した金額とみることができる(《証拠省略》によれば、参加人は本件物件を昭和四一年一〇月に取得したのであるが、当時近隣の売買例は坪あたり金五〇〇円程度であったことが認められる。そして甲第二号証の一、第四号証によれば、本件物件の実測地積は合計一万四七八五坪であるから(右書証によると本件物件のうち建物は、ほとんど経済価値がないと推認される。)、その時価は金七三九万円程度となるのであって、たとえ昭和四一年一〇月から翌四二年三月までの値上りを考慮しても、前記金七六三万円が本件物件の評価額として過小でないことが窺われる。)。
このように考えてくると、甲第九号証の二は、仮登記担保について債権者の清算を不要とする特約と解するのが合理的である(被控訴人主張の請求原因4の趣旨は、弁論の全趣旨に徴し、仮登記担保の非清算特約の存在をも主張しているものと善解できる。)。そして、本件貸金額は金七〇〇万円であるから、昭和四二年三月末日当時の元利金額と、前記合意にかかる本件物件の評価額とは、本件物件の被控訴人への帰属に伴う不動産取得税九万〇二九〇円を債務者側が負担したとの事情を考慮しても、合理的均衡の範囲内にあることは明らかである。よって、被控訴人と参加人との間の仮登記担保について清算を不要とする特約は、有効である。
そして、参加人が約定の期間内に金七六三万円を被控訴人に支払ったことを認めるに足りる証拠はないから、結局本件物件は、被控訴人が清算を要せずして確定的に取得したと認められる。
三 してみれば、被控訴人に仮登記担保の清算金支払義務のあることを前提とする控訴人の抗弁、および参加人の主張はいずれも理由がなく、被控訴人の控訴人に対する金銭引渡し請求は認容すべきものである。
ただし、受任者の受取物等引渡義務は、特別の事情がない限り期限の定めのない債務であるから、委任者から引渡しの請求を受けた時から遅滞の責に任ずる。本件においては右のような特別の事情、あるいは民法六四七条に該当する事実について何ら主張・立証がないから、控訴人は、被控訴人から催告を受けた日(甲第四号証の通知は昭和四七年七月一一日に発せられているので、翌一二日には控訴人方に到達したものと推認しうる。因みに記録によれば、本件訴状も郵便を差出した日の翌日には送達が完了している。)の翌日以降の遅延損害金を支払えば足りるのであって、控訴人が訴外大原から売却代金を全額受領した日の翌日以降の遅延損害金の支払いを命じた原判決は、一部失当である。
よって、原判決を主文第一項のとおり変更したうえ、参加人の請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条・九二条・九五条・八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 村上悦雄 裁判官 春日民雄 裁判官深田源次は、転補のため、署名押印することができない。裁判長裁判官 村上悦雄)
<以下省略>